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福岡地方裁判所 平成3年(ワ)872号 判決

原告

東峰住宅産業株式会社

右代表者代表取締役

財津幸重

右訴訟代理人弁護士

山口定男

右同

古賀義人

右同

森元龍治

右同

堺祥子

被告

志免町

右代表者町長

南里久雄

右訴訟代理人弁護士

安田弘

右同

渡邉富美子

主文

一  原告の主位的請求を棄却する。

二  被告は、別紙物件目録二記載の建物について、原告が平成二年五月三一日付けで被告にした給水契約申込みを承諾せよ。

三  訴訟費用は被告の負担する。

事実及び理由

第一請求

(主位的請求)

原告は被告との間において、別紙物件目録二記載の建物について、原告が、被告の水道事業による水の給水を受けることができる給水契約上の地位を有することを確認する。

(一次的予備的請求)

主文二項と同旨

(二次的予備的請求)

被告は、別紙物件目録二記載の建物について、同建物の着工又は完成を停止条件として給水せよ。

第二事案の概要

一争いのない事実

1  原告は、不動産の売買・賃貸・仲介・管理及び住宅開発全般に関する業務を目的とする会社であり、被告は、水道法六条にいう水道事業者である。

2  原告は、昭和六三年八月一八日、被告の水道事業の給水区域内に存在する別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)を前所有者白垣譲二らからマンション建設の目的で買い受け、所有権を取得した。

3  原告は、別紙物件目録二記載の建物(以下「原告建設予定マンション」という。)を本件土地上に建設する計画を立て、被告に対し、①平成元年一二月一八日(建築戸数五四〇戸)、②平成二年五月七日(建築戸数を四二〇戸に減少)、③平成二年五月三一日(右同数)と三度にわたって給水の申込みをした。

4  しかし、被告は、被告の定める水道事業給水規則三条の二第一項(〈書証番号略〉、以下「給水規則」ともいう。)が、新たに給水の申込みをする者に対して、「開発行為又は建設で二〇戸(二〇世帯)を超えるものには給水しない。」、「又は給水開始の時期を制限する。」旨を定めていることを根拠に、右各給水申込みを拒否している。

二争点

被告は、原告の給水申込みが被告の右給水規則三条の二第一項に該当するとして、右申込みを拒否しているが、水道法一五条一項は「正当の理由がなければ、これ(給水契約の申込み)を拒んではならない。」と規定していることから、右規則による給水申込みを拒否することが同法条項に定める「正当の理由」(以下「正当の理由」とも略称する。)に基づくものといえるのかどうかが争点となる。

1  水道法一五条一項の「正当の理由」の解釈及びその事由に関する当事者の主張

(原告の主張)

右にいう「正当の理由」とは、専ら水道法自体の趣旨・目的からして給水契約の締結の拒否が是認される場合(例えば、給水能力を上回るため新規の給水ができない場合、配水管未設置の区域からの申込みで設置に過大の費用がかかる場合、経営上技術上給水が困難な場合等)のみを指し、他の行政目的からする拒否はこれに含まれない。

(被告の主張)

(一) 水道法が制定された昭和三二年当時と今日とでは水に関する状況は大きく変化しており、水道法にいう「正当の理由」には、今日においては、水道法固有の目的によるものだけではなく、公共団体独自の街づくり計画、水の供給計画による規制も含まれる。被告の給水規則三条の二第一項は、右目的をもって規定されたものであるから、被告の原告に対する給水申込み拒否は水道法にいう「正当の理由」に基づくものである。

(二) 被告町は福岡市に隣接して所在するところ、福岡市近郊は都市化が進み人口が急増しているため、原告建設予定マンションに対する給水を認めると、他の開発業者も次々とマンション建設に着手して給水申込みをし、将来的に被告に水が不足する事態を招来することが明らかである。よって、被告は給水規則三条の二を規定して給水契約の締結を制限しているのであり、そのような予測される将来の事態を見越して、右規則によって原告に対して給水を拒否することは水道法の「正当の理由」に該当する。

2  被告の水事情―水不足―に関する当事者の主張

(原告の主張)

被告は、原告建設予定マンションにつき給水することが十分に可能であるにもかかわらず、原告との給水契約の締結を拒否しているものであり、それは、水道法にいう「正当の理由」には該当しない。

(被告の主張)

被告の行政努力にもかかわらず、水道法上認可された被告の水源からの取水だけでは慢性的に水が不足しており、原告に対する給水申込みを拒否しなければ、被告町民の水需要を充たすことができなくなる。給水規則三条の二は、被告が慢性的な水不足に悩んでいることから規定しているものであり、被告が右規則に基づいて原告の給水申込みを拒否したのは水道法にいう「正当の理由」に当たる。

第三争点に対する判断

一水道法一五条一項の「正当の理由」の解釈及びその事由について

1  「正当の理由」の一般的理解と行政目的・計画による給水拒否について

(一)  水道法一五条一項が給水義務を解除する「正当の理由」とは、水道法固有の目的(同法一条)並びに国及び地方公共団体に課せられた水道事業の施策策定・遂行の責務(同法二条、二条の二)に即して解釈されるべきものである。すなわち、同条項の「正当の理由」とは、水道事業者の正常な企業努力にもかかわらず、その責に帰することのできない理由により給水契約の申込みを拒否せざるを得ない場合、例えば、配水管未敷設地区からの給水の申込みがあった場合、正常な企業努力にもかかわらず給水量が著しく不足している場合、当該水道事業の事業計画内では対応し得ない多量の給水量を伴う給水の申込みがあった場合等に限られるものと解され、水道法の所期する目的以外の行政目的を達成するため、右水道事業固有の事由以外の事由を「正当の理由」とすることは相当ではない。なぜなら、同法条により水道事業者に課せられた給水契約の承諾義務は、同法一条にいう「清浄にして豊富低廉な水の供給を図り、もって公衆衛生の向上と生活環境の改善とに寄与する」という目的を達成するために規定されているし、また、右事業を行う地方公共団体には「水の適正かつ合理的な使用に関し必要な施策を講じなければならない。」(同法二条)、「当該地域の自然的社会的諸条件に応じて、水道の計画的整備に関する施策を策定し、及びこれを実施する。」(同法二条の二)旨の責務を課せられているものであるから、承諾義務の免除事由である「正当の理由」も、かかる水道法の所期する目的と同法の課する責務との関連において解釈されるべきである。

したがって、被告が主張するように、公共団体の独自の街づくり計画(人口抑制計画)を目的として給水申込みを拒否することは、同法条にいう「正当の理由」があるものとはいえないから、被告がそのような目的に基づいて給水申込みを拒否することは許されない。

(二) なるほど福岡市近郊の市町村が、人口急増による教育、ゴミ処理、し尿、そして水問題等の対策の一つとして、給水申込みに関する規則を制定し、給水申込みを拒否・制限し、マンション等の乱立を事実上予防することによって人口増加を抑制し、将来における右の困難な問題を解決しようとすることは(被告代表者)、人口急増問題を抱えた当該地方公共団体としてはやむを得ない無理からぬ選択とも思われ、その行政担当者の苦悩が理解できないわけではない。

しかし、被告のように大規模マンションに対する給水拒否によって人口急増抑制策を実施することは、水道法所期の目的以外の行政目的実現のため、これと異なる趣旨・目的を有する同法の例外規定をその手段とするものであって、このような他の行政計画実現のために給水拒否をすることは、立法論としてはともかく、現行水道法の定める目的・責務及び同法一五条一項の立法趣旨からすると、同項の「正当の理由」の解釈としては、「正当の理由」による給水拒否と認めることはできない。これらの計画実施は、国土利用計画法、都市計画法、建築基準法等々それらを目的として制定された各種法令の規制に則って推進すべき事柄と思われる。

2  将来的な水不足を見越しての給水申込み拒否について

(一) 被告は、これまで水道事業給水規則三条の二第一項によって、事実上、開発業者からの給水申込みを制限し続けてきたのであるが、原告建設予定マンションに対する給水申込みの承諾をすると、被告の給水区域内において開発業者等がマンションを乱立する事態を招来し、これら業者の給水申込みも拒否できない立場に立たされ、結局、近い将来、被告が著しい水不足に陥ることが明白となるから、このような将来的な水不足を見越した上で原告の給水申込みを拒否することは、水道法一五条一項の「正当の理由」に当たる旨主張する。

(二) 確かに、被告が原告建設予定のマンションに対する給水を認めるとすれば、同一の状況下では、他の開発業者等に対しても給水を拒否することができなくなるから、仮に、被告の主張のように他の開発業者による大規模マンションの建築ブームが起こった場合には、将来的に慢性的な水不足を招く虞があることは否定し難いし、被告と同じように給水規制や行政指導をしている近隣市町村へ少なからぬ影響を与えることも十分に考えられ、被告の懸念ももっともなところがある(もっとも、それもあくまで懸念の領域に止まり、その客観性が証拠上存在するわけでもないが。)。

しかし、仮にそのような状況が生じたとしても、後に述べるように、被告の企業努力、受水量の増加見込み等によって数年内に被告の有効水量が増大可能なことは十分に推測されるのであって、近い将来に必ず被告主張のような著しい水不足が招来されるとまで即断することは相当でない。

(三) また、万が一、将来において水需要が増大し、被告の水が著しく不足するという状況に陥ったならば、その時点において、まさしく水道法一五条一項の「正当の理由」に該当する「水が著しく不足している」という事態に立ち至ったのであるから、同法条をもって、他の開発業者等からの給水申込みを拒否することが当然許容されることになる。もっとも、いかなる状況、水量をもって「水が著しく不足している」と判断して給水拒否・制限をするかは、別途困難な問題であるが、被告において科学的・統計的・経験的に十分検討の上、これに関する合理的基準等を設定して納得のいく行政を行うべき事柄と思われる。被告の本件における主張は、単に水不足をいうのみであり、被告において給水余力の比率等について確たる科学的・統計的・合理的判断基準を有しているわけでなく、単に法に従属すべきはずの給水規則を盾に、給水申込みを拒否しているに止まるもので、合理性があるとはいえない。

(四) なお、確かに、大都市圏や地方中核都市周辺においては、既に水需給が逼迫し、将来の水需給の予想をした場合、大幅な水不足の生じる地域が存在し、そのような地域においては、ダム建設等水資源開発の積極的推進による給水増大策を基本としつつも、水資源の先行開発が負担面で事業者にかなりの困難を強いることになることも考慮して、水利用の合理化を進めるとともに、他地域からの導水等広域的利用にも限界がある場合には、その地域の利用可能水量を基に、逆に社会、経済規模を抑制するための総合的な施策を講ずることも検討されるべきではある(昭和四八年一〇月三〇日付け厚生大臣あて生活環境審議会会長答申「水道の未来像とそのアプローチ方策に関する答申について」参照)。しかし、そこでまず図られるべきは、水資源開発についての適切な助成、農業用水等からの転用、広域的な水の運用、漏水防止対策の強化、水の循環利用等による雑用水道の整備、節水対策の強化等による水利用の効率化と水需要の適切な抑制であって、地域の社会規模を抑制することは、長期的、総合的ビジョンの下に総合的施策を講ずる形で図られるべきであり、将来の水不足をおそれ、需要抑制手段として現在の水需要者からの給水契約の申入れを拒絶するというのは、本末転倒といわざるを得ない。したがって、立法政策の問題としてはともかく、水道法の解釈として被告の見解を採用することはできない。

(五) よって、将来の不確実な水不足を慮って、現時点での原告の給水申込みを拒否することに水道法一五条一項にいう「正当の理由」があるものと解することはできない。

そこで、以下、被告において右に述べた水道法固有の目的達成のための「正当の理由」が存在するのかどうかについて検討する。

二被告の現在の水事情――水不足――について

1  取水量、給水量、有効水量の意義及び基礎数値について

被告の取水、給水状況については、最も直近の資料である被告作成の「平成元年度の上水道事業・水道用水供給事業調査表」(〈書証番号略〉)を基本にして、被告に原告の給水申込みの承諾が可能であるのかどうかを検討する。

同調査表によると被告の年間取水量は合計で三九九万八〇〇〇立方メートル、年間給水量は合計で三七六万六〇〇〇立方メートルであり、年間給水量のうち、有収水量(当該水量について、料金として、あるいは他会計等からの収入のあるものをいう。)と無収水量を合計した有効水量が三〇三万二〇〇〇立方メートル、無効水量が七三万四〇〇〇立方メートルとなっている。ここで、無効水量とは、「配水本支管の漏水、メーターより上流の給水管の漏水量並びに調定減額した水量等」をいうから、現実に町民に利用されている水量は有効水量と一致すると考えてよい。そして、無効水量は装置の改善・点検等によりこれを制御する等の企業努力によって、その一部を有効水量に転換することが可能な水量である。また、給水人口を産出するのに必要な一日一人平均給水量については、同調査表記載の三〇二リットル(0.302立方メートル、これを後記無効水量割合を考慮して有効水量に換算すると二四三リットルとなる。)を採用する(この点について、原告は、マンションの居住者は一戸建ての家屋の居住者よりも一日の使用水量が少ないと主張するが、それを明らかにする証拠もないし、安全値として右数値によることとする。)。

2  被告の給水余力の現状について

(一) 無効水量の改善による給水余力

そこで、まず、平成元年度及びそれ以降において、被告の有効水量がどの程度増加可能であったかについて検討する。

被告の平成元年度における前記無効水量の同年度年間給水量に対する割合(この割合を以下「無効水量割合」という。)を試算すると、約19.49パーセントにも上っていることが判る。これに対し、福岡市及びその近郊の五市一一町及び一企業団の同年度の平均無効水量割合は11.21パーセントであり、被告は殆どその最下位にある(〈書証番号略〉)。さらに、新たな水道水源開発の困難性、貴重な水資源の有効利用等の観点から、水道の漏水防止対策の強化が一層要請されてきており、また、漏水防止に関する技術も向上しているのであって、昭和五一年九月四日付け各都道府県衛生主管部(局)長あて厚生省環境衛生局水道環境部水道整備課長通知「水道の漏水防止対策の強化について」(同年環水第七〇号)によれば、現状の配水量に対する有効水量の比率が九〇パーセント未満の事業にあっては、早急に九〇パーセントに達するよう漏水防止対策を進めること、また、現状の有効率が九〇パーセント以上の事業にあっては、更に高い有効率の目標値を設定し、今後とも計画的な漏水防止に努めること、なお、この場合、九五パーセント程度の目標値を設定することが望ましいものであること、が求められていることも当裁判所に顕著である。

そうすると、右によれば、防水対策の事業努力によって無効水量割合を少なくとも一〇パーセントに抑制することは可能なものと推測され、更にこれを五パーセント程度に抑制することが事業体の望ましい目標値とされていることからすれば、被告が、現在、給水契約の申込みを拒否せざるを得ないほど水が不足しているとの主張をする以上は、その前提として、水道事業者として当然に無効水量割合を少なくとも一〇パーセントないしは前記市町村の平均値程度にまでは減じる努力ないし義務を尽くしたことが必要と思われる。そして、前記通知等に照らせば、右義務は漏水箇所の探査及びその修繕という通常の企業努力さえ行えば履行可能なものと窺われ、これを怠りながら、水不足として給水を拒否することは相当とは思われない。

したがって、給水契約を拒絶することが正当といえるかどうかを検討するに際しては、現在の有効水量についても無効水量割合を少なくとも前記他市町村の平均値にまで下げて考えるのが相当である。そうして、被告が、他市町村の平均無効水量割合11.21パーセントにまで被告の無効水量割合を下げるとするとその差約8.2ポイントを有効水量に転化することができる。すなわち、平成元年度の年間給水量三七六万〇〇〇立方メートルを前提とすると、更に約三一万二〇〇〇立方メートル(一日約九〇七立方メートル)を有効水量に充てることが可能となり、これは、約三五二〇人分の給水量に当たることになる(別紙計算書(一)一)。

(二) 取水量と給水量との差(余力水量)の改善による給水余力

次に、原告は、余力水量の改善による給水量の増加を主張するので検討する。

平成元年度における被告の年間取水量は三九九万八〇〇〇立方メートル(一日平均約1万0953.42立方メートル)、年間給水量は三七六万六〇〇〇立方メートル(一日平均約1万0317.81立方メートル)であるから(〈書証番号略〉)、その差の取水量に対する比率は、約5.8パーセントになる(別紙計算書(一)二)。

給水に際して、取水量が給水量を上回るべきことは性質上、当然であり、殊に一日の余力水量が零に近づくと水の出が悪くなったり、断水する事態に陥るから、取水を全て給水に廻すことはできない。したがって、これを零とする前提での原告の主張は当たらない。しかし、断水等をすることなしに、余力水量をどの程度見込めばよいのかは難しい問題であり、被告の適正な余力水量値を設定することは容易ではない。この点について被告は、水道事業の責任者として、安定した給水のための一日当たりの余力水量は一〇〇〇立方メートル程度(取水量の約9.1パーセント)が必要である旨主張する。

しかし、福岡市統計書(平成二年版)によれば、被告町に隣接する福岡市の平成元年度の年間取水量は一億四五〇〇万二〇〇〇立方メートル(一日平均約三九万七二六六立方メートル)、年間給水量は一億四四九二万四〇〇〇立方メートル(一日平均約三九万七〇五二立方メートル)であり、一日当たりの余力水量は二一四立方メートルに過ぎないし、年間の右余力水量の取水量に対する割合は、わずか約0.05パーセントにしか当たらない。これと比較すると、福岡市との事業規模の相違を考慮したとしても、被告は、水の出が悪くなったり、断水等をすることなく、更に取水量を現在以上に給水に廻すことが十分に可能であると推測される。仮に、福岡市と同じ割合で取水を給水に廻すことが可能であるとすると、更に年間約二三万〇〇〇〇立方メートル(一日当たり約六三〇立方メートル)を給水することが可能となり、(一)に述べた無効水量割合の改善をも勘案して試算すると、更に約二三〇〇人分の水需要をまかなうことができることになる(別紙計算書(一)二3)。仮に、被告の実績余力水量割合を半減する努力をする程度でも約一一六〇人の給水人口を増加させることになる(同4)。

もっとも、被告においては、十分な貯水ダムを保有していないことが、必要以上の余力水量を保持している原因ともなっているが、現在、被告は既に平地貯水ダムの工事に着工していて(被告主張)、将来的に右余力水量の問題の障害は減少することが予測される状況にある。

(三) 福岡地区水道企業団からの受水の増加について

被告は、平成元年一二月に同企業団との間で、同企業団からの一日当たり最大供給水量について、平成元年四月一日から同一二月二七日までの二七一日間は一六〇〇立方メートル、同一二月二八日から平成二年三月三一日までの九四日間は一九四〇立方メートル(最大量受水した場合でも年間合計六一万八三六〇立方メートル)であったものを、平成三年度からは二九〇〇立方メートルに増加する旨の協定を締結した(〈書証番号略〉)。そのため、最大限年間合計一〇五万八五〇〇立方メートルの受水が可能となっている。

したがって、右協定に従えば、平成三年度以降は、同企業団からの受水量は、最大限年間四四万〇一四〇立方メートル、これを一日当たりの平均とすると約一二〇五立方メートル増加することになり、(一)、(二)に述べたように、被告の無効水量割合及び余力水量割合を改善したとすると、この増加量は約四四〇〇人分の給水量に当たる(別紙計算書(一)三2)。

もっとも、被告は、同企業団が取水を予定していた後記の鳴渕ダムの工事遅延によって、同事業団からの一日最大二九〇〇立方メートルの受水は、平成八年度以降になる旨主張し、被告の計画書(〈書証番号略〉)を提出する。

同ダムの着工が遅延していることはそのとおりであるが、(〈書証番号略〉)、仮にそうであっても、被告は同企業団からの受水として、平成二年度において既に年間平均一日当たり約二二四六立方メートル、最大給水月の同年八月の平均では一日当たり約二三〇〇立方メートルの受水を現実にしており(〈書証番号略〉)、加えて、被告の右計画書によってすら、少なくとも平成三、四年度の被告の右受水は一日当たり最大受水量二三〇〇立方メートルと計画されている。したがって、平成三年度以降の同受水は少なくとも一日当たり最大受水量二三〇〇立方メートル以上であることは明らかである。よって、これに基づき、かつ、その際の余力水量割合を被告実績の半分の割合値をとって、より少なく見積って試算してみても、約二一五〇人分の増加給水量となる。なお、被告の平成二年度における右受水実績(〈書証番号略〉)から試算してみても、同年度の受水増加量は約一九六〇人分の給水量に相当する(別紙計算書(一)三4)。

(四) 有効水量の増加努力や浄水受水の増加によってまかなえる給水人口の合計

以上より、被告は、福岡地区水道企業団からの受水が増加する平成三年度以降においては約六八三〇人ないし一万〇二二〇人、右受水量が増加する前の平成元年度においても約四六八〇人ないし五八二〇人分の各増加給水が可能である(別紙計算書(一)四)。

(五) もっとも、一日最大給水日や給水需要期の給水量の確保も問題となる。右(一)ないし(三)にみた改善等による被告の一日平均給水可能有効水量は、少なくとも九九七〇立方メートル(別紙計算書(二)2(4))であるのに対して、これに対する被告の平成元年度の実績一日最大供給日(七月二六日)の給水量一万三六一四立方メートル(〈書証番号略〉)を有効水量に換算した一万〇九六一立方メートル(同計算書(二)1)の割合は約1.10倍である。他方、平成元年度の一日平均有効水量は八三〇七立方メートル(〈書証番号略〉)であり、これに対する右最大給水日の有効水量の割合は約1.32倍に相当する(同(二)3(1))。したがって、右実績比率から試算すると、右の改善後の給水可能有効水量に対応する一日最大給水可能な有効水量として許容される水量は、少なくとも一万三一六〇立方メートルとなり、右元年度のそれをかなり凌駕している。

これと平成元年度の一日最大給水量との差によってまかなえる給水人口を試算すると約六八七〇人を超えることになる(同(二)3)。

もちろん、これには施設能力の問題が介在するが、被告には現在既に三日分以上の貯水能力を有する貯水池があるほか、前記のとおり、さらに平地ダムの建設に着工済みで近々これが利用できる状況にあることに照らせば、この問題はある程度解消される状況にある。

したがって、一日最大給水量の問題が本件建設予定マンションによる給水人口増加に対応できないほどの障害となるものとは考え難い。

3  原告建設予定マンションによって増加する給水人口

次に、原告が本件マンションを建設することによって、必要な給水人口はどのくらい増加するのかを検討する。

本件建設予定マンションの戸別居住者数は、原告が他の地区に建設した同種マンションの平均一戸当たり3.5人であり(〈書証番号略〉)、これと同数程度を予定していると窺われるところ、予定マンションの区分戸数は四二〇戸であるから、原告からの給水の申込を承諾することによって一四七〇人分の給水義務が生じることになるわけである(3.5人×420戸=1470人)。しかし、原告は、被告の立場を慮かって、本件建設予定マンション居住者の需要水のうち、その半分を井戸掘揚水による自家調達を計画し(〈書証番号略〉)、その上で本件給水の申込みをしたものであり、右の需要給水人口は、被告町内の一人当たり給水量の半分で足りることになるので、結局、右給水義務が生じるのは七三五人分程度ということになる。しかも、原告のマンション建設計画は、当初四年工期で五四〇戸を予定したものを、被告のためこれを見直して、三期六年にわたるものとし、第一期が平成五年三月に一六〇戸、第二期が平成六年九月に一五五戸、第三期が平成八年五月に一〇五戸、それぞれ完成するものに変更した(〈書証番号略〉)。そのため、被告が現実に原告の同マンションに対して給水する必要が生じるのは早くとも平成五年三月以降であるし、最終的に四二〇戸全部に給水する必要が生じるのは平成八年五月以降である。

したがって、先に認定したように、平成三年度以降は福岡地区水道企業団からの受水が一日当たり最大二三〇〇立方メートル以上に増加すること、通常の企業努力さえ怠らなければ無効水量の割合も減少していくと予想されること、その結果、被告は現時点でも前記2(二)にみた給水余力があるのに加え、平成七年度には被告町を含めて近郊五市一一町村一企業団への上水道用水確保等を目的とする福岡県営の鳴渕ダムが完成し、同企業団からの被告への給水が、前記協定のとおり一日最大二九〇〇立方メートルとなるので、その給水量が一層増加すること(〈書証番号略〉、証人川原)等を考慮し、更に前記2(四)でみた増加可能な給水人口数と対比すると、被告は平成八年五月以降、原告建設予定マンション四二〇戸程度に給水することが不可能であるとはいえない。

4  被告の第四次水道事業拡張計画における計画給水人口と実際の人口

また、被告は、昭和六〇年一月に第四次の水道事業拡張計画の認可を受けているが、それは、目標年次を平成三年、計画給水人口を当時の実勢人口の約三〇パーセント増に相当する四万三九〇〇人とするものであった(〈書証番号略〉)。これに対し、平成三年三月末における被告の実勢人口は三万四六二〇人で、右計画時から六年経過後でも僅か三パーセントの微増があったに過ぎない(〈書証番号略〉)。

これは、同じく福岡市に隣接している筑紫野市、太宰府市等が右期間で約九ないし一五パーセントの人口増を有し、右計画時における計画給水人口を遙かに超える人口を抱えていながら、給水を実現していること(〈書証番号略〉)と対比すると、被告においては、計画目標年次の平成三年における実勢人口が計画給水人口より約二一パーセント、九二八〇人も下回っているのである。

右のことからみても、被告が右計画推進による通常の企業努力等を怠らない限り、原告建築予定マンションへ給水することが不可能であるとは到底思えない。もし仮に、現時点で右給水が不可能であるとすると、他の市町村に比して被告が著しく企業努力を怠ったことに起因するものと推測するほかない。ことに、被告は、昭和五〇年代から人口抑制策を町行政の中心政策とし、その手段として水不足を理由とする給水制限を講じてきたもので、本来、水不足を懸念しての右政策の選択でもあったが(被告代表者)、右政策推進に照応して右給水に対する企業努力不足を増幅させたものではないかとの疑念すら抱かざるをえない。そのような事情の下にあって、需要者の給水申込みを拒否することには水道法一五条一項にいう「正当の理由」があると解することは、水道法固有の目的に照らし、到底許容できない。

5  被告の固有水源からの取水の減少と補水受水の困難化について

(一) 被告は、認可水量のうち、主力水源とした宇美川水系の浅井戸による揚水水源が枯渇して、そこからの取水が減少した結果、現時点において必要な一日最大給水量は、認可を受けている恒常的な固有水源(企業団からの受水も含む)からの取水だけでは足りず(〈書証番号略〉)、その補水分として、須恵町からの受水(〈書証番号略〉)、その他農業用水等からの買水(〈書証番号略〉)で補うことによって辛うじて最大給水量をまかなっていること、それに加えて須恵町からの受水は、平成三年五月から須恵町貯水池の水質悪化に伴い停止されており、ひいては、本来被告が義務づけられている須恵町への分水をせざるを得ない事態も発生しかねないこと(〈書証番号略〉)、被告が独自の水源を開発しようとしても、被告の地理・地形上、本格的な貯水ダムを造ることができず、また、被告は地理上、旧炭坑跡地に当たるため、揚水による災害発生の虞があり、地中深くから水をとる深井戸揚水もできないから、今後、大幅な取水量の増加は期待できないこと等をも水不足の固有の事情として本件給水拒否の「正当の理由」として挙げる。

(二) 確かに、右各列記の証拠や被告代表者の供述によれば、被告にはその主張するような水源の減退や被告固有の水源確保のための障害が存在することが認められる。

しかし、水道事業者である市町村において、認可固有水源からの取水量だけでは給水量が不足するという状況にある場合に、認可固有水源以外からの取水が可能であり、かつ、実際にもこれによって不足分を補えるという状況があるのであれば、水道事業者としては、当然に認可固有水源以外の取水でそれを補うべきであって、単に認可固有水源からの取水量の不足のみをもって、給水不足を云々することは相当ではない。本件においても、被告は現に認可固有水源以外からの補水を十数年来確保して(〈書証番号略〉)、その補水受水が可能であったのであるから、固有水源量の不足をもって被告に水が著しく不足していること、従って給水拒否の「正当の理由」とすべき事情があったものと認めることはできない。

補水受水に関し、被告は、平成三年五月以降、須恵町からの浄水の受水が停止されると主張するが、これを認めるに足りる証拠は何ら存在しないし、仮に須恵町からの浄水の受水が停止されているとしても、昭和六〇年度から平成元年度にかけての須恵町からの受水実績は年平均562.4立方メートル(〈書証番号略〉)で、それによりまかなっている給水人口は約一七六〇人に止まるものであり、2(四)に述べた被告が平成三年度以降において更に給水可能な人口約六八三〇人ないし一万〇二二〇人からその人数を差引いても、依然被告には約五〇七〇人ないし八四六〇人の給水人口をまかなうに足りる水が存在するのである(別紙計算書(三))。また、被告が須恵町との間で一日最大九〇〇立方メートル、平均一日六〇〇立方メートルを超えない量の分水をする契約を締結していることは認められるが(〈書証番号略〉)、実際には、被告は須恵町に対し、かって分水した実績はなく(被告代表者)、現実に須恵町から分水を要求された証拠もないから、給水不足についてそのような事情を考慮することは相当でない。

また、被告がその地形上、本格的な貯水ダムを造ることは困難であることは認められるが(被告代表者)、先に述べたように、被告は、現状において原告建設予定のマンションに給水したとしても著しく水不足を招来するという状況に陥らない以上、原告の給水申込みを拒否する「正当の理由」があるものといえない。

よって、右の点についての被告の主張には理由がない。

三水道法一五条一項にいう「需用者」について

被告は、水道法一五条にいう「需用者」とは、現に当該水道事業者の給水区域内に居住する者を指すものであり、営利事業としてマンションを建設したり、工場進出をする開発業者は「需用者」に含まれないと主張するが、「需用者」をそのように限定して解釈すべき根拠は何ら存しないのであって、新たに被告の給水区域内に居住しようとする需用希望者、マンションを建設しようとする開発業者等も水の供給を必要とする以上「需用者」に含まれるものと解される。

したがって、被告の右主張は、独自の見解に基づくもので採用の限りではない。

四給水契約の成立について

ところで、水道の利用にかかる法律関係は、公法上の制約があるとはいえ(水道法五三条三号、一五条一項)、基本的には給水契約を基礎とする私法上の関係であるから、明文の規定がないのに契約当事者の一方の意思表示を欠いたまま契約の成立を認めるといった、契約に関する私法の一般原則の重大な例外を認めることには慎重な配慮が必要であることは言うまでもない。

そして、水道法一五条一項は「正当の理由がなければ、これ(給水申込み)を拒んではならない」と規定しているだけであり、この規定だけから、水道事業者が、給水申込みを拒否した場合には、私法上、当然に水道事業者の承諾なくして給水契約が成立すると認めることはできない。しかし、水道事業が国民生活に直結し、その健康で文化的な生活に不可欠のものであることに鑑みれば、需用者の給水申込みに対し水道事業者が正当な理由なくこれを拒否した場合には、民法四一四条二項の「債務者の意思表示」に代わる裁判を請求できるものと解するのが相当である。

したがって、原告の主位的請求は認めることができないけれども、一次的予備的請求を認めるのは相当である。

五よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官川本隆 裁判官川神裕 裁判官阿部哲茂)

別紙〈省略〉

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